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東京地方裁判所 平成7年(ワ)17610号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して金二五億六二八二万三五〇〇円及び内金二四億円に対する平成三年二月二一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合るよる金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告らに対し、被告中央信託銀行株式会社(以下(被告中央信託銀行」という。)の従業員であった被告馬場忠廣らの虚偽の説明等によって二四億円の保証債務を負わされたなどとして、被告馬場に対しては民法七〇九条に基づき、被告中央信託銀行に対しては同法七一五条一項に基づき、それぞれ損害賠償を求めた事案である。

二  前提事実(証拠を掲げない事実は、当事者間に争いがない。)

1 被告馬場及び田村守の経歴

(一) 被告馬場は、昭和三八年四月、被告中央信託銀行に入社し、昭和五六年一二月ころ、被告中央信託銀行仙台支店から同船橋支店へと異動した。同船橋支店においては、昭和五八年ころから不動産担当となり、昭和六〇年一月、不動産課長となった。昭和六三年八月、不動産課長を最後に被告中央信託銀行を退社した。

(二) 田村守は、被告馬場が被告中央信託銀行船橋支店へと異動した後、同支店へと異動し、同支店の支店長を務め、昭和六一年一二月、被告中央信託銀行神戸支店へと異動した。

2 大平産業株式会社(以下「大平産業」という。)による別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の買受け

大平産業は、昭和六二年三月二八日、被告中央信託銀行船橋支店の仲介によって、ジャパンミヤザキ株式会社(以下「ジャパンミヤザキ」という。)から、本件土地を大要以下の約定で買い受けた(以下「本件売買契約」という。)。

(1) 売買代金 二四億円

(2) 支払方法

<1> 契約締結と同時に手付金として二億四〇〇〇万円(小切手二〇〇〇万円と約束手形二億二〇〇〇万円)を支払う。

<2> 昭和六二年六月二〇日までに残代金二一億六〇〇〇万円を支払う(ただし、契約締結時に約束手形を交付する。)。

(3) 所有権移転登記及び引渡しは、売買代金全額が支払われたときとする。

(4) 買主は、東京高等裁判所及び東京地方裁判所への訴え提起による所有権抹消の予告登記の存在を承知し、訴訟を現状のまま引き継ぐことを承諾する。

(5) 本件土地に関する一切の訴訟は買主の責任において解決し、売主に対し名目の如何を問わず責任追及をしない(以下「本件特約」という。)。

3 本件土地の所有権の帰属をめぐる訴訟の係属

本件土地は、もとは宗教法人宝仙寺(以下「宝仙寺」という。)が所有していたが、当時権利能力なき社団であった「塔ノ山町会」(以下「町会」という。)及びその前身の「塔ノ山会」の代表者だった寺尾辰己が、個人として本件土地を買い受けたとして、昭和二九年六月二二日付けで同人名義で所有権移転登記をした。その後、本件土地は、寺尾辰己個人から、三陸農林株式会社(当時の商号は三陸農機株式会社。以下「三陸農林」という。)、株式会社大栄殖産(以下「大栄殖産」という。)、東大興産株式会社(以下「東大興産」という。)、ジャパンミヤザキ(当時の商号は日本船舶装備株式会社)へと順次譲渡され、その旨の所有権移転登記が経由された。

町会は、昭和二七年三月二三日に町会ないし塔ノ山会において宝仙寺から本件土地の贈与を受けたと主張して、昭和四六年一二月二〇日、寺尾辰己、三陸農林外に対して本件土地の所有権確認、所有権移転登記手続、同抹消登記手続等を求めて訴えを提起した。右訴訟は、第一審(東京地方裁判所昭和四六年(ワ)第一一二四三号、同四七年(ワ)第二三五一号、同五〇年(ワ)第一〇二七四号、昭和五一年三月一九日判決言渡。以下「本件第一審事件」という。)では町会側が勝訴したが、控訴審(東京高等裁判所昭和五一年(ネ)第一〇二〇号、昭和五六年九月二八日判決言渡。以下「本件控訴審事件」という。)では町会側が敗訴し、上告審(最高裁判所昭和五七年(オ)第一〇〇号、昭和六〇年六月一八日判決言渡。以下「本件上告審事件」という。)において審理不尽を理由に東京高等裁判所に差し戻された。大平産業が本件土地を買い受けたころは、差戻後の控訴審(東京高等裁判所昭和六〇年(ネ)第一九八一号、同六一年(ネ)三七二三号)の審理中であって、大平産業も右控訴審の審理に当事者として加わった(東京高等裁判所昭和六二年(ネ)二一三五号。以下、以上三件をあわせて「本件差戻事件」という。)。

なお、本件土地については、本件第一審事件の訴え提起により前記三陸農林の所有権抹消予告登記が経由された。その後、昭和六〇年一二月二一日に新名栄が大栄殖産外を被告として東京地方裁判所へ訴え提起したことにより前記大栄殖産の所有権抹消予告登記が、昭和六一年一月二〇日に三陸農林が大栄殖産を被告として東京地方裁判所へ訴え提起したことにより前記大栄殖産の所有権抹消予告登記がそれぞれ経由されたが、右各訴えはいずれも同年六月六日、同年一〇月三日にそれぞれ取り下げられ、右各予告登記についても抹消登記が経由された。さらに、同年一〇月二一日に新名栄が三陸農林、大栄殖産、東大興産及びジャパンミヤザキを被告として東京地方裁判所へ訴え提起したことにより、前記大栄殖産、東大興産及びジャパンミヤザキの所有権抹消予告登記が経由されたが、昭和六二年六月五日に右各訴えが取り下げられて右各予告登記については抹消登記が経由されている。

4 被告中央信託銀行の大平産業に対する融資並びに大平博及び原告による保証

(一) 被告中央信託銀行は、昭和六二年六月一六日、大平産業に対し、同社が本件土地を購入するための資金として、以下のとおり金員を貸し渡し(以下「前融資」という。)、大平産業の代表取締役であった大平博は右債務について連帯保証する旨約した。

金額 二四億円

弁済期 昭和六三年五月二〇日

利息 年六・四パーセント(変動利率)

損害金 年一四パーセント

(二) 原告は、右同日、被告中央信託銀行との間で、前融資に基づく大平産業の債務について、一〇億円の限度で連帯保証する旨約した(以下「前保証」という。)。また、原告は、同日、大平産業に対する求償権を保全するため、本件土地について債権額一〇億円の抵当権の設定を受け、その旨の登記を経由した。

5 株式会社キャピタルリース(以下「キャピタルリース」という。)の大平産業に対する融資並びに大平博及び原告による保証

(一) キャピタルリースは、昭和六二年一〇月二日、大平産業に対し、以下のとおり金員を貸し渡した(以下「本件融資」という。)。

金額 二四億円

弁済期 昭和六三年五月二〇日

利息 年六・七パーセント(変動利率)

損害金 年一四・六パーセント

(二) 大平博及び原告は、右同日、キャピタルリースとの間で、本件融資に基づく大平産業の債務について連帯保証する旨約した(以下、「本件保証」という。)。また、原告は、同日、大平産業に対する求償権を保全するため、本件土地について債権額二四億円の抵当権の設定を受け、その旨の登記を経由した。

(三) 大平産業は、右同日、被告中央信託銀行に対し、前融資に基づく債務を弁済した。

6 本件融資の変更契約

(一) キャピタルリースと大平産業は、以下のとおり、本件融資の弁済期を変更する旨合意し、大平博及び原告は、それぞれ、右各弁済期の変更について承諾し、引き続き本件融資に基づく債務について大平産業と連帯して保証する旨約した。

昭和六三年五月二〇日、弁済期を同年一一月一九日に変更。

同年一一月一八日、弁済期を昭和六四年五月一八日に変更。

平成元年五月一九日、弁済期を同年一一月一七日に変更。

同年一一月一七日、弁済期を平成二年一一月一六日に変更。

(二) 大平産業は、キャピタルリースに対し、平成二年一一月一七日から平成三年二月二〇日までの約定金利に相当する六一八六万〇八二一円を支払った。しかし、大平産業、大平博及び原告は、その後も本件融資金二四億円の弁済をしなかった。

7 キャピタルリースから株式会社シンセンキャピタル(以下「シンセンキャピタル」という。)に対する本件融資債権の譲渡

キャピタルリースは、平成三年三月二九日付けで、大平産業に対する本件融資債権及び既発生の損害金債権をシンセンキャピタルに譲渡した(以下「本件債権譲渡」という。)。

大平産業及び大平博は、それぞれ、同年四月二三日付けで右債権譲渡を承諾した。

キャピタルリースは、同日付けで、本件債権譲渡を原告に通知した。

8 本件土地の所有権をめぐる訴訟における町会の勝訴

平成三年一月三一日、本件差戻事件について東京高等裁判所は町会勝訴の判決を言い渡し、大平産業らはこれに対して上告したが(最高裁判所平成三年(オ)第八一一号、同(オ)第八一二号)、平成五年一二月一六日、右各上告はいずれも棄却された。

また、町会は、平成三年三月二九日、右4(二)及び5(二)の抵当権設定登記(以下「本件各登記」という。)等の抹消登記手続を求めて訴えを提起し(東京地方裁判所平成三年(ワ)第三八五九号)、平成七年一月二六日、町会が勝訴し、控訴審(東京高等裁判所平成七年(ネ)第五八七号)においても、同年九月二七日、町会勝訴の結論を維持する判決が下された。右判決は、上告期間の満了により確定し、本件各登記については、平成八年三月一五日に、平成七年一〇月一四日判決を原因とする抹消登記が経由された。

9 大平産業の任意整理

大平産業は、平成三年三月二八日、資金繰り悪化のため任意整理を発表し、原告に対する求償義務を履行する資力はない。

10 シンセンキャピタルの勝訴

シンセンキャピタルは、大平産業、大平博及び原告に対し、平成六年七月、本件融資ないし本件保証の債務の履行などを求める訴えを提起し(東京地方裁判所平成六年(ワ)一四七六八号)、平成一〇年七月二日、原告らが、シンセンキャピタルに対し、各自金二四億円及びこれに対する平成三年二月二一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払えとする、シンセンキャピタル勝訴の判決が下された。(当裁判所に顕著である。)

三  争点及び争点に関する当事者の主張

本件における争点は、本件売買契約、前融資、前保証、本件融資及び本件保証に関する被告馬場及び田村の作為または不作為が被告馬場あるいは被告中央信託銀行の原告に対する不法行為と言えるか否かである。

(原告の主張)

1(一) 本件土地は、本件売買契約締結時には、すでに町会による訴え提起によって所有権抹消予告登記がなされていたうえ、最高裁判所が町会に有利な差戻判決を下していたのであって、その所有権の帰属に問題がある土地であった。しかるに、被告馬場及び田村は、本件売買契約締結に先立ち、大平産業の代表取締役である大平義春(以下「大平」という。)に対し、「被告中央信託銀行は、ジャパンミヤザキに対し、本件土地を仲介あっせんした結果、同社に仲介を行った際には、被告中央信託銀行の責任で昭和六二年三月末日までに転売先を仲介あっせんする旨約束しており、被告中央信託銀行にはその義務がある。」「本件土地は係争物件であるが、被告中央信託銀行は本件土地の係争内容は熟知しており、訴訟で勝訴するための決定的な証拠を持っているし、被告中央信託銀行の責任で一年ないし一年半で紛争を解決させることができる。」「仮に和解が成立しなくても訴訟は勝訴することができる。」「もし大平産業が本件土地を開発しないというのであれば、転売先をあっせんする。」「本件土地の開発に要する資金は全額被告中央信託銀行が貸し付ける。」「被告中央信託銀行が本件土地についての紛争を責任をもって解決するので、大平産業には何らの迷惑をかけない。」「本件土地を取得しても、決して損はさせない。」などと虚偽の説明をする一方で、本件土地の権利取得に関する危険性を十分に説明しなかった。

(二) 被告馬場及び田村の右説明を信じた大平及び大平産業の藤田丈夫支店長は、原告に対し、昭和六二年三月五日、大平産業が被告中央信託銀行から本件土地の取得資金の融資を受ける際に債務保証をしてくれるよう依頼した。原告は、本件土地の権利関係が錯綜しており、当時裁判中であったため、大平産業に対し、本件土地に関する紛争を解決できるか問い合わせたところ、大平は「この件は被告中央信託銀行が土地購入資金等を融資するといって持ち込んだもので太鼓判を押している。原告のためには、本件土地に所有権移転の仮登記と抵当権を設定するので安心してください。」と答え、町会に対する和解金の支払に充てるため一〇億円、さらに予備費として五億円を用意しており、必ず紛争は解決できると説明した。

(三) その後も、大平や藤田は原告に何度も来訪し、原告の保証を懇請した。その際大平は、町会との間で進めている和解交渉には被告中央信託銀行の従業員である被告馬場も全面的に協力することになっているので、全く心配はないとの説明をした。

(四) 大平は、同年五月二日、原告に対し、「大平産業では、被告中央信託銀行の三月決算に間に合わせるために、売主との間ですでに売買契約は締結し、売買代金二四億円のうち二〇〇〇万円を手付金として支払った。開発資金四五億円は被告中央信託銀行が融資してくれることになっているので、原告では、そのうち二〇億についてだけ保証してほしい。」との説明及び依頼をした。

(五) 被告馬場は、同月一三日、原告を来訪し、「本件土地は、自分が仲介して大平産業に買っていただいたものであり、土地代金も含め開発に要する資金は被告中央信託銀行が融資することになっている。」「町会との訴訟は現在和解交渉を進めており、和解が成立することは間違いない。抹消予告登記については解除のめどがついており、必ず訴訟は解決できるので、是非原告も一口乗ってほしい。」と強く懇請した。

(六) 原告は、被告馬場の右説明を聞き、大平の言っていた話に間違いがないこと、また被告中央信託銀行が本件土地に関する係争の解決に積極的に協力するのであれば、訴訟は必ず和解で解決され、本件土地の所有権に関する瑕疵は心配に及ばないと考え、右同日、社内稟議にかけ、被告中央信託銀行が大平産業に融資する四五億円のうち二〇億円について保証することに決定した。

(七) 原告は、同年六月一六日、前融資のうち一〇億円について連帯保証する旨約した。

(八) その後、田村は、同年九月一六日、キャピタルリースによる本件融資について原告に融資額全額を保証してもらうよう依頼するため原告を来訪し、「この融資の切り替えは被告中央信託銀行の内部事情によるものであり、原告には決してご迷惑をおかけしません。」「本件土地の開発に関しては今後とも全面的に協力するから、安心してキャピタルリースからの本件融資について保証を行ってもらいたい。」「貸主がキャピタルリースに代わっても、当初の約束通り本件土地の件については被告中央信託銀行が責任をもって処理する。」旨説明した。そのため、原告は、同年一〇月二日、本件融資二四億円全額について連帯保証する旨約した。

2 このように、原告が前融資及び本件融資について連帯保証する旨約したのは、被告馬場及び田村が原告に対し本件土地の権利取得に関する危険性について十分説明せず、かえって右のように虚偽の説明をしたからである。

そもそも、被告中央信託銀行は、その公共的役割と社会一般の高い評価と信頼並びに高度の専門性及び豊富な情報量により、圧倒的に優位な経済的地位にあるため、金融取引の相手方に対して、信義則上、情報提供義務(取引のリスクについて正確な情報・知識を与えて、冷静な判断ができるようにする義務)、損害排除防止義務(損害発生の予防排除をなすべき義務)、信認義務(最高度の忠実義務)を負っているところ、被告らは、これらの義務に違反して本件土地の危険性を十分に説明せず、また、虚偽の説明をして原告の判断を誤らせて原告に前保証及び本件保証をさせたものである。したがって、被告中央信託銀行には、本件土地の売買を仲介した責任及び本件土地の購入代金を融資した貸手としての責任があるというべきである。

3 その後、町会の所有権が裁判で認められた結果、本件各登記について抹消登記が経由され、そのうえ、大平産業が任意整理を発表したため原告の大平産業に対する求償権は無価値となり、これを担保するものは何もない。一方、原告は、本件保証の結果、シンセンキャピタルに対し、二四億円及びこれに対する平成三年二月二一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員の支払義務を負担するに至った。したがって、原告は右債務相当額及び弁護士費用一億六二八二万三五〇〇円相当の損害を被った。被告馬場及び田村は、被告中央信託銀行の業務の執行につき原告に損害を与えたものであるから、被告馬場は民法七〇九条により、被告中央信託銀行は被告馬場及び田村の使用者として同法七一五条一項により、それぞれ不法行為責任を負う。

(被告中央信託銀行の主張)

1 被告馬場及び田村は、大平に対して、「訴訟で勝訴するための決定的な証拠も持っているし、被告中央信託銀行の責任で一年ないし一年半で紛争を解決させることができる。」「和解が成立しなくとも訴訟は勝訴することができる。」などと、本件土地に関する訴訟について断定的発言をしたことはない。また、被告馬場及び田村が、大平に対して、「もし大平産業が本件土地を開発しないというのであれば、転売先をあっせんする。」「被告中央信託銀行が本件土地についての紛争を責任をもって解決するので、大平産業には何らの迷惑をかけない。」「本件土地を取得しても、決して損はさせない。」などと、大平産業に損害を与えない旨確約する発言をしたことはない。

被告馬場が、昭和六二年五月一三日、原告を来訪し、「町会との訴訟は現在和解交渉を進めており、和解が成立することは間違いない。抹消予告登記については解除のめどがついており、必ず訴訟は解決できるので、是非原告も一口乗ってほしい。」と説明したことは知らない。

田村が、同年九月一六日、原告に対し、「この融資の切り替えは被告中央信託銀行の内部事情によるものであり、原告には決してご迷惑をおかけしません。」「本件土地の開発に関しては今後とも全面的に協力するから、安心してキャピタルリースからの本件融資について保証を行ってもらいたい。」「貸主がキャピタルリースに代わっても、当初の約束通り本件土地の件については被告中央信託銀行が責任をもって処理する。」旨説明したことはない。

2 本件売買契約締結当時、地価は著しい上昇を続けていたのであって、大平産業は本件土地を転売することによって巨額の利益を得ることをもくろんでいたものである。

また、原告が、前保証及び本件保証に応じたのは、前融資及び本件融資の保証をすることによって地上げ後に建設が予定されるマンション建設工事の受注が見込めるうえ、三億円もの保証料を取得できるメリットがあったためであり、被告馬場及び田村の発言が動機となったものではない。

3 不動産取引の仲介者が仲介によって法的義務を負うとすればそれは取引当事者に対してであるところ、原告は本件土地の取引当事者ではない。よって、原告が被告中央信託銀行に対し媒介者責任を主張するのは的外れである。

また、そもそも本件では、大平産業は、本件土地に関する訴訟の経緯を知らされていたうえ、本件売買契約の契約書においては、本件特約が明記され、重要事項説明書においても、所有権抹消予告登記の存在が明記されているのであるから、本件土地の瑕疵及びその危険もともに明確に示されている。したがって、大平産業が敗訴し、本件土地の所有権を取得できないことは大平産業にとって不測の損害ではないから、媒介者の責任が問題となることはあり得ない。

4 被告中央信託銀行が負う義務としては、知っている情報を提供し、取引相手に不測の損害を被らせないようにする義務が考えられる。しかし、原告は、前保証に先立ち、本件土地に赴き、「係争中」という立て札がたっていたことを現認し、最高裁の差戻判決書等を閲覧したのであるから、東証二部上場基準を満たす管理組織、法務知識を有する企業である原告は、必要ならば訴訟の相手方弁護士に接触し、訴訟資料等に直接あたるなどの調査を尽くし、その上で保証の可否を判断することもきわめて容易であった。したがって、前保証及び本件保証にあたって原告は十二分に情報を得ているのであるから、被告中央信託銀行には注意義務違反は存しない。

5 以上により、被告馬場及び田村の行為は不法行為にあたらないから、被告中央信託銀行が使用者責任を負うことはない。

(被告馬場の主張)

1 被告馬場及び田村が、大平に対して、「訴訟で勝訴するための決定的な証拠も持っているし、被告中央信託銀行の責任で一年ないし一年半で紛争を解決させることができる。」「和解が成立しなくても訴訟は勝訴することができる。」などと、本件土地に関する訴訟について断定的発言をしたことはない。また、被告馬場及び田村が、大平に対して、「もし大平産業が本件土地を開発しないというのであれば、転売先をあっせんする。」「被告中央信託銀行が本件土地についての紛争を責任をもって解決するので、大平産業には何らの迷惑をかけない。」「本件土地を取得しても、決して損はさせない。」などと、大平産業に損害を与えない旨確約する発言をしたことはない。

被告馬場は、大平に対し、本件土地に関して訴訟が係属していることなどの事情を説明したが、大平は、これまでにもいろいろと訴訟などが絡んだ事件ものの不動産物件の取引を行ったことがあるので慣れているとの話をし、本件土地が訴訟がらみの物件であることに何ら危惧を示すことはなく、訴訟等の事情を知りつつ購入を希望したものである。

2 被告馬場が、原告に対し、昭和六二年五月一三日、「町会との訴訟は現在和解交渉を進めており、和解が成立することは間違いない。抹消予告登記については解除のめどがついており、必ず訴訟は解決できるので、是非原告も一口乗ってほしい。」と説明したことはない。

3 本件は、いわゆるバブル経済時の取引であって、大平産業は本件土地を転売することによって約一七億円もの利益を得ることをもくろみ本件売買契約を締結し、原告も同様に高額の保証料を売ることを得るために前保証及び本件保証に及んだものである。

4 以上により、被告馬場の行為は不法行為にあたらない。

第三  争点に対する判断

一  前記前提事実と証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる(なお、関係各証拠のうち、以下の認定に反する部分はいずれも採用しない。)。

1 東大興産の買受け

本件土地は、町会代表者であった寺尾辰己から三陸農林、大栄殖産と転売された。

東大興産は、昭和六一年二月初めころ、大栄殖産から、転売目的で、本件土地を代金七億円で購入し、同月二七日に本件土地の持分二分の一につき所有権移転登記を、同年三月一二日に本件土地の残りの持分につき所有権移転登記をそれぞれ経由した。

2 サンオー開発株式会社(以下「サンオー開発」という。)への売却

(一) 東大興産の代表取締役であった織田晴行は資金繰りに窮し、本件土地を早急に転売する必要に迫られ、昭和六〇年ころに仕事上で紹介を受けた被告中央信託銀行船橋支店長の田村及び被告馬場に相談した結果、東大興産は、被告中央信託銀行船橋支店の仲介(被告馬場が立会人となった。)で本件土地をサンオー開発にいったん売却することになり、昭和六一年三月二五日、以下の約定で、同社に本件土地を売却した。

(1) 売買代金 一〇億円

(2) 売主は昭和六一年五月三一日までに買主より本件土地を一一億五〇〇〇万円をもって買い戻すものとする。

(二) 東大興産は、右売却に伴う規定の媒介手数料(三パーセント)を被告中央信託銀行に支払った。

(三) サンオー開発は、本件土地の購入資金を城東信用金庫から借り入れた。

(四) 右売買後もサンオー開発への所有権移転登記はなされなかった。

(五) サンオー開発は、昭和六一年三月三一日、本件土地を一一億五〇〇〇万円で売却することを目的に、被告中央信託銀行との間で約定報酬額を一〇〇〇万円とする一般媒介契約を締結した。

3 東大興産の買戻しとジャパンミヤザキへの転売

(一) 前記2(一)(2)の特約に定められた買戻期限が近づいたころ、被告馬場と田村は、織田から本件土地の新たな転売先を見つけてくれるよう依頼され、昭和五九年ころから被告中央信託銀行に出入りしていたジャパンミヤザキをあっせんすることとし、被告中央信託銀行は、ジャパンミヤザキとの間で、昭和六一年五月一〇日、本件土地の購入を目的に報酬は規定額(三パーセント)、購入価格は一一億円程度とする一般媒介契約を締結した。

東大興産は、右買戻期限内である同月二三日、被告中央信託銀行船橋支店の仲介(被告馬場が立会人となった。)で本件土地を代金一一億五〇〇〇万円で買い戻し、同日、同じく被告中央信託銀行船橋支店の仲介(被告馬場が立会人となった。)で本件土地をジャパンミヤザキに、以下の約定で売却した。

(1) 売買代金 一一億五〇〇〇万円

(2) 売主及び買主は東京地方裁判所への訴え提起による所有権抹消予告登記の設定を承知するものとする。

(3) 売主は買主が本件土地を昭和六一年一二月末日までに転売できなかった場合は取得価額、金利、諸費用に一億円を加算した額をもって買い戻すものとする。

(二) サンオー開発は、東大興産への右売却により、被告中央信託銀行に媒介手数料として一〇〇〇万円を支払った。

(三) ジャパンミヤザキは本件土地を買い受けるに当たり、規定の媒介手数料(三パーセント)を被告中央信託銀行に支払った。また、ジャパンミヤザキの本件土地購入資金は被告中央信託銀行が融資し、ジャパンミヤザキは同社の所有する工場用地を担保に供した。

(四) ジャパンミヤザキは、本件土地購入の際、被告中央信託銀行との間で、本件土地を売却することを目的に専任媒介契約を締結した。

4 ジャパンミヤザキと大平産業との間での本件売買契約の締結

(一) ジャパンミヤザキは東大興産との間で、本件土地につき昭和六一年一二月末日を期限とする買戻特約を結んでいたが、昭和六一年一〇月二二日に東大興産の織田社長が逮捕勾留されたこともあり、東大興産による買戻しは右期限までには履行されなかった。そこでジャパンミヤザキは専任媒介契約を結んでいる被告中央信託銀行の被告馬場に対し、東大興産による買戻しの実現へ努力しあるいは本件土地の転売先を紹介するよう依頼した。

(二) 被告馬場は、ジャパンミヤザキの依頼に基づき本件土地の転売先を探していたところ、昭和六二年一月には、三陸農林代表取締役青木豊あるいは三建商事株式会社(以下「三建商事」という。)の代表取締役竹中栄一からの引き合いがあり、本件土地の所有権移転手続等を被告中央信託銀行が行うことを確約するとの被告中央信託銀行名義の確約書をいったん右青木及び竹中両名に交付するなどしたが、その後、竹中を通じ本件土地のことを知った大平産業が買い受けることになり、被告馬場の働きかけもあって、前記認定のとおり、同年三月二八日、ジャパンミヤザキとの間で、被告中央信託銀行の仲介(被告馬場が立会人となった。)により、本件売買契約が締結されるに至った。その際、大平産業は、ジャパンミヤザキに対し、本件土地の買収に関するコンサルタント業務費用の名目で二億円を支払うとの合意をし、さらに、三建商事との間で、本件土地の権利調整、立退き、町会との調整等を一〇億円で処理するとの業務協定を締結した。

(三) 本件土地の買収に関し、大平産業は、売買代金、右コンサルタント業務費用、右業務協定費用等あわせて四五億円程度の開発原価を負担して、これを六二億七二〇〇万円(坪単価二八〇〇万円)で売却し、一七億七二〇〇万円程度の粗利益を上げることを計画した。

(四) 本件売買契約の際の仲介手数料はジャパンミヤザキが被告中央信託銀行に支払い、大平産業は支払っていない。

5 本件売買契約締結、前保証及び本件保証当時の本件土地をめぐる町会との紛争の状況

前提事実のとおり、本件売買契約締結当時、本件土地の所有権の帰属をめぐっては、町会と寺尾辰己及び同人から本件土地を買い受けたとする三陸農林、ジャパンミヤザキらとの間で紛争が生じ、本件上告審事件の最高裁判所判決によって差し戻された本件差戻事件が東京高等裁判所に係属していた。本件土地をめぐる紛争に関しては、三陸農林の代理人として本間勢三郎弁護士、東大興産の代理人として多久島弁護士、ジャパンミヤザキの代理人として西幹弁護士がそれぞれ関与していたが、本間弁護士は大平に対し、本件差戻事件の見通しにつき、「これは間違いなく行けそうや。」と述べ、多久島弁護士及び西幹弁護士も被告馬場、織田及びジャパンミヤザキの常務取締役斉藤安世らから事件の見通しを尋ねられた際、本件差戻事件を和解で解決する可能性があることをそれぞれ示唆していた。

また、ジャパンミヤザキは本件売買契約により本件土地を大平産業に売却したため本件差戻事件から脱退し、大平産業が同事件に当事者として参加したが、大平産業の代理人である友添郁夫弁護士は、同人作成の大平産業宛の昭和六二年九月二日付けの報告書等において、本件差戻事件の問題点について言及し、その中で「町会の前身である塔ノ山会に本件土地を贈与した宝仙寺はその当時本件土地を所有していなかった可能性もある。」と指摘している。

なお、被告馬場と田村は、東大興産からジャパンミヤザキへの本件土地の売買を仲介するに当たり、ジャパンミヤザキの斉藤に対し、本件土地の紛争につき、「一勝一敗であり、和解に進みつつある。」と述べている。

6 被告中央信託銀行による前融資と原告の前保証

(一) 原告と東大興産及び大平産業との関係

原告が前保証及び本件保証をした当時の原告代表取締役石原孝信と東大興産の代表取締役織田は遠い縁戚関係にあって、昭和六一年八月には織田の依頼で原告が新宿区北町の物件の買付証明書をサンオー開発に対し出すなど、仕事上も親密な関係にあった。一方、原告と大平産業は、大平産業の実施した不動産開発事業の資金調達に際し原告がこれを保証するなどお互いの実施する不動産関連の事業に関し緊密な協力関係にあった。また、東大興産と大平産業も、昭和六〇年ころから大平産業が港区虎の門の土地の再開発事業を手掛けた際に東大興産がこれに協力するなど取引上親密な関係にあった。

(二) 大平産業による不動産の取得

大平産業は、大阪を中心として不動産の購入、開発、売却等を行ってきたが、東京の物件も手掛けるようになり、昭和六一年から昭和六三年にかけて、中央区銀座五丁目の借地権付きの五階建てビル(秀吉ビル)、港区虎の門三丁目の土地、千代田区有楽町二丁目の土地、港区三田一丁目の土地建物、千代田区勝どき二丁目の土地建物などを購入した。右秀吉ビルは、権利関係の錯綜したいわゆる事件ものであったが、大平産業は権利調整名目で同物件に関与し、当初は仕入金額と売却予定金額の差で一〇億円程度の粗利益を見込んでいた。

(三) 大平産業の不動産購入資金調達に関する原告の保証

原告は、昭和六一年、大平産業が大阪市北区堂山町の土地を買収する際の資金調達に関し、一部これを保証し、その後昭和六二年から昭和六三年にかけて、大平産業が福岡市博多区博多駅前南の土地、大阪市淀川区西中島町の土地及び前記千代田区勝どき二丁目の土地建物をそれぞれ買収する際に資金を借り入れた際にもこれを保証し、さらに昭和六二年五月に大平産業がファーストファイナンス株式会社(以下「ファーストファイナンス」という。)から一〇億円の融資を受けた際にもこれを保証していた。これらの保証に当たっては、原告は大平産業から相当額の保証料を得ていた。なお、同年二月、大平産業は右勝どき二丁目の土地建物の買収資金として被告中央信託銀行から六五億円の融資を受けているが、右ファーストファイナンスから融資を受けた一〇億円は被告中央信託銀行からの右融資の返済に充てられている。

(四) 原告が前保証をするに至った経緯

(1) 昭和六二年二月二四日、被告馬場は、被告中央信託銀行が同月に大平産業に対し前記勝どき二丁目の土地建物の取得資金六五億円を融資するに当たり、原告が右融資に基づく大平産業の債務について二〇億円の限度で保証をしていた関係もあり、原告の野村弘毅常務取締役に対し、本件土地に関する大平産業への融資について原告が保証してくれるようあらかじめ打診した。

同年三月、大平は、かねて不動産取得の資金借入について保証をしてもらっていた原告の野村に対し、本件売買契約締結に先立って、売買代金の融資を受けるに当たり保証してくれるよう依頼した。その際大平は、野村に対し、本件土地について訴訟が係属中であるが、被告中央信託銀行の説明でも和解で解決する見通しである旨述べた。

同年五月二日、大平は、野村に対し、被告中央信託銀行からは中野プロジェクト資金として四五億円を融資してくれることになっているので、そのうち二〇億円を保証して欲しい旨述べた。

(2) 同月一一日、東大興産の織田が原告のもとを訪れ、野村に対し、大平産業の本件土地購入資金についての保証を依頼した。その後、野村は、本件土地の現況確認に赴き、本件土地が児童公園になっており、古い建物と稲荷が立っていること、係争中であるという立て札が立っていることを確認した。また、同人は、前保証に先立ち、本件土地の登記簿謄本を閲覧し、本件土地に関する訴訟の判決書を閲読した。

(3) 同月一二日、大平産業は、原告に対し、本件売買契約の契約書、重要事項説明書、大平産業と三建商事との業務協定書、三陸農林及びジャパンミヤザキが大平産業に宛てた念書、ジャパンミヤザキの大平産業宛の領収書、確約書等をファックスで送信した。

翌一三日、被告馬場は、織田と共に、原告本社を来訪した。その際、被告馬場は野村に対し、本件土地は、町会が所有権を主張して訴訟になっており、第一審で町会側が勝訴したが、第二審では町会側が敗訴していること、最高裁では審理不尽で高裁に差戻しとなったが、控訴審では裁判所から和解勧告があって、町会側とは弁護士を通して和解を進めているが、自信を持って解決する見通しであることを伝え、原告が大平産業への融資を保証してくれるよう依頼した。そして、野村は、同日、大平産業が被告中央信託銀行から本件土地の購入資金として融資を受ける四五億円のうち二〇億円を限度に保証することについて社内稟議手続きをとり、決裁を受けた。

(4) 同月一五日、大平は、野村に対し、被告中央信託銀行内部の決裁手続に時間がかかっているため、一か月間だけつなぎの資金としてファーストファイナンスから一〇億円の融資を受けるについて保証を依頼し、原告は、同月二二日、大平産業が同日ファーストファイナンスから融資を受けた一〇億円につき連帯保証する旨約した。

(五) 前融資と前保証の実行

被告中央信託銀行は、大平産業に対し、昭和六二年六月一六日、本件土地購入資金として二四億円を貸し渡し、原告は大平産業の右債務について一〇億円の限度で連帯保証する旨約した(前融資及び前保証)。前融資は被告中央信託銀行神戸支店が担当し、被告中央信託銀行本店において、被告中央信託銀行神戸支店の桜井次長、被告馬場、大平、斉藤、原告の原田課長等の立会のうえ実行された。また、原告は、同日、大平産業に対する求償権を保全するため、本件土地について債権額一〇億円の抵当権の設定を受け、その旨の登記を経由した。

原告は、前保証にあたり、被告中央信託銀行に対し、同日、「大平産業が本件土地を昭和六三年五月二〇日までに転売できない場合には、原告が本件土地の買取り並びに被告中央信託銀行に対する保証債務を履行、代位弁済を行うなどにより被告中央信託銀行に対し一切迷惑をかけない。」旨の「証」と題する書面を差し入れた。

原告は、大平産業との間で、前保証に応じることにより、同社から三億円の保証料を得る旨の合意をした。

7 キャピタルリースによる本件融資と原告の本件保証

(一) 写真週刊誌「フォーカス」は、昭和六二年六月五日号において、被告中央信託銀行本店不動産部次長福田博司がダミー会社を利用して土地転がしを行い巨額の手数料を稼いでいること、その一方で同人のダミー会社等に国税の査察が入り、国税が同人に対して脱税の疑いを抱いていることなどを伝える記事を掲載した。これを皮切りに、同年七月一四日以降、福田の土地転がしに関する疑惑が連日新聞等で報道されるに至り、被告中央信託銀行はマスコミの厳しい非難にさらされることとなった。

(二) 昭和六二年八月一日、神戸新聞に、「中央信託またずさん融資」との見出しで、被告中央信託銀行が本件土地を担保に大阪の不動産会社B社(大平産業を指す。)に二四億円の融資をしたことを伝える記事が掲載された(以下「神戸新聞の記事」という。)。右記事においては、町会会長鯉沼一郎の「和解の話はない。」という談話及び町会側の弁護士が裁判所やB社側弁護士に対し「和解はできない。」と通知しているとの事実が報道されている。

(三) 田村(この時点では被告中央信託銀行神戸支店長)及び同支店営業課長吉江庸男は、昭和六二年九月一六日、原告を来訪し、野村に対して神戸新聞の記事を見せた。田村らは、野村に対し、「福田事件がマスコミをにぎわしているところに、本件土地を担保にとって大平産業に二四億円を融資した件まで新聞で大きく取り上げられて困っている。そのため、被告中央信託銀行神戸支店の融資を継続することができなくなった。大平産業に対する融資を千代田生命の子会社のキャピタルリースに肩代わりしてもらおうと思っているので、是非協力していただきたい。キャピタルリースが肩代わり融資をする条件として融資額二四億円全額について原告の保証を取り付けてほしいと言っているので、保証額を二四億円にすることについても是非ご協力していただきたい。」「とにかく今は、マスコミの批判がこちらに飛び火しないようにすることが第一です。そのためには、被告中央信託銀行の大平産業に対する融資をキャピタルリースに肩代わりしてもらい、被告中央信託銀行の名前が出ないようにすることが必要なのです。」などと述べ、原告の協力を懇請した。

(四) 野村は、右懇請を受けて、昭和六二年九月二六日、キャピタルリースが大平産業に融資する二四億円全額を原告が保証することについて社内稟議手続をとり、決裁を受けた。

(五) 本件融資に当たっては、被告中央信託銀行がキャピタルリースに対し融資先として大平産業及び原告を紹介し、昭和六二年一〇月二日、被告中央信託銀行本店において本件融資が実行された。原告は、同日、大平産業の右債務について連帯保証する旨約した(本件保証)。また、原告は、同日、大平産業に対する求償権を保全するため、本件土地について債権額二四億円の抵当権の設定を受け、その旨の登記を経由したほか、追加担保として大阪市淀川区三国本町の土地建物について抵当権の設定を受けた。

(六) その後、本件融資の弁済期限は、前提事実6のとおり、昭和六三年五月二〇日、同年一一月一八日、平成元年五月一七日及び同年一一月一七日の四回にわたる変更契約によって延長されたが、右第一回目の変更契約に当たっては、あらかじめ被告中央信託銀行神戸支店長石井清巳が原告のもとを訪れて打ち合わせを行い、実際の変更契約も被告中央信託銀行本店に関係者が出向いて行われた。

8 本件土地周辺の地価の推移

昭和六二年版国土利用白書によると、本件土地の存する中野区の住宅地の地価の変動率は、昭和五八年には前年比四・四パーセント増であったが、昭和六一年には前年比一〇・五パーセント増、昭和六二年には前年比一二〇・二パーセント増と急激に上昇した。一方、ミサワホーム株式会社が作成した「大都市圏の地価調査・平成八年版」によると、首都圏の地価の年間変動率は昭和六一年から昭和六二年までの一年間がピークであり、首都圏平均で昭和六一年が前年比一七・三パーセント増の上昇であったのに対し、昭和六二年は七三・五パーセント増と急激に高騰し、その後は、昭和六三年八・四パーセント増、平成元年八・一パーセント増、平成二年九・五パーセント増と上昇を続け、平成三年からマイナスに転じている。また、本件土地付近の路線価は、平方メートル当たり、昭和六一年が四一〇万円、昭和六二年が六二〇万円、昭和六三年が一一八〇万円、平成元年が一六五〇万円と上昇を続けていた。

二  被告中央信託銀行及び馬場による不法行為の成否

1 前記一で認定した事実によれば、ジャパンミヤザキも大平産業との本件売買契約の締結は、被告馬場あるいは田村がジャパンミヤザキの依頼に基づいてこれをあっせんしたことによるものであること、また、原告による前保証は、既に被告中央信託銀行の大平産業に対する融資につき保証したことのあった原告に対し、大平産業が保証を依頼したほか、織田、被告馬場らが口添えしたことによるものであること、原告による本件保証は、本件土地を含む不動産融資に関するマスコミ等の批判にさらされた被告中央信託銀行が、本件融資によって自らの大平産業に対する融資をキャピタルリースに肩代わりしてもらうに当たり、田村の原告に対する強い協力要請によって実現するに至ったものであることが、それぞれ明らかである。

ところで、原告は、被告馬場あるいは田村が本件土地の売却を大平産業にあっせんするに当たっては、大平に対し、「訴訟で勝訴するための決定的な証拠も持っているし、被告中央信託銀行の責任で一年ないし一年半で紛争を解決させることができる。」「和解が成立しなくても訴訟は勝訴することができる。」「被告中央信託銀行が本件土地についての紛争を責任をもって解決するので、大平産業には何らの迷惑をかけない。」などと述べたと主張する。さらに、原告は、被告馬場が、野村に対し、「和解が成立することは間違いない。抹消予告登記については解除のめどがついており、必ず訴訟は解決できる。」などと述べ、前保証に当たっても、右大平に対し述べたことと同趣旨の発言をし、さらに本件保証に当たっても、田村が、野村に対し、本件融資による切り替えは被告中央信託銀行の内部事情によるものであり、本件融資については被告中央信託銀行が最後まで責任をもち原告には決して迷惑をかけないとの趣旨の発言をしたと主張する。

そして、原告は、大平産業及び原告が本件売買契約及び前保証並びに本件融資及び本件保証に応じたのは、これらの被告馬場あるいは田村の断定的な発言を信じたからであり、被告馬場あるいは田村が最終的に本件土地の権利取得の問題については被告中央信託銀行が責任をもつと述べている以上、これを信じて前保証及び本件保証をし、これによって損害を被った原告に対し、被告中央信託銀行及び被告馬場は不法行為に基づく損害賠償義務を負うと主張する。

そこで、以下、被告馬場及び田村において原告の主張するような断定的な発言ないし説明をしたと言えるか及び原告が被告馬場及び田村の発言を信じた結果前保証及び本件保証に至ったと言えるかについて検討する。

2 被告馬場及び田村について原告の主張するような断定的な発言ないし説明をしたと言えるか

(一) 本件売買契約、前融資及び前保証に関する被告馬場及び田村の発言あるいは説明について

(1) 前提事実1と前記一の1ないし4及び8で認定した事実によれば、被告中央信託銀行の被告馬場及び田村は、被告中央信託銀行船橋支店において、昭和六〇年当時不動産に関する融資、仲介等の業務に当たっていたこと、被告馬場は、昭和六〇年ころに右業務を通じて知り合った東大興産の織田から依頼をうけて本件土地の売買に関与することになり、以後田村と共に、東大興産からサンオー開発への売却、サンオー開発から東大興産の買戻し、東大興産からジャパンミヤザキへの売却、ジャパンミヤザキから大平産業への本件売買契約に至るまで、四度に渡って、本件土地の売買を仲介していること、被告中央信託銀行は、当初の東大興産からサンオー開発への売却及び同社から東大興産への買戻しを除いて、買主に対して買収資金を融資し、しかもそれぞれの売買につきその都度当事者と媒介契約を結び、相当額の仲介手数料を得ていること、当時の本件土地の価額は、周辺の土地の路線価を基準として計算すると昭和六一年当時で三〇億円以上、昭和六二年当時には四五億円以上になり、本件土地の売買代金は、これに比べてもかなり低額であったこと、本件売買契約の締結された当時は、いわゆるバブル経済の時代であり、中野区の地価の変動率をとっても、昭和六二年には前年比一二〇・二パーセント増と急激に上昇しており、地価が最も上昇した時期であったことがそれぞれ明らかである。また、前提事実3及び前記一の5で認定した事実によれば、被告馬場が、東大興産からサンオー開発への売買を仲介した当時、既に本件土地に関する本件上告審事件の最高裁判所判決が言い渡され、本件差戻事件が東京高等裁判所に係属中であり、本件土地の所有権に関しては町会が権利を主張しており、その旨の所有権抹消予告登記が存在するほか、新名栄及び三陸農林の訴え提起による所有権抹消予告登記も存し、本件土地はいわゆる事件ものの土地であったこと、本件売買契約及び前保証の時点までの本件控訴審事件の審理の過程では、本件土地の権利取得に関し、東大興産あるいはジャパンミヤザキ側の代理人である弁護士のもと、町会側との間で和解を含めてなんらかの形で権利を確実にする方向での解決策が模索されており、右最高裁判所判決があったとはいえ、訴訟の内容に照らしても、関係者の間では必ずしも町会の勝訴判決以外の解決はありえないという認識ではなかったこと、被告馬場及び田村は右のような本件土地をめぐる訴訟の推移に関心を持ち、紛争に関与している弁護士からも事情を聞くなどしており、和解等により、本件土地の権利取得は十分に可能と考えていたことが明らかである。

(2) 以上(1)の事実に照らすと、本件土地の売買に関しては、いわゆるバブル経済の時代を背景として、関係者の間でもいわゆる事件ものの土地であることを当然の前提として、俗に言う土地転がしともいうべき取引がなされていたものであって、銀行法に基づいて業務を行う被告中央信託銀行がそのような事件ものの土地の仲介をあえて行ったことの当否は措くとしても、本件土地に関し売買代金の融資と手数料の取得を繰り返してきた被告中央信託銀行としては、本件売買契約を締結させ、さらに前保証を得ることが自らの利益につながるものであったことは明らかである。そればかりか、取引の担当者である被告馬場及び田村としては、ジャパンミヤザキからの要請もあって、新たな転売先の獲得が必要であり、さらに、売買代金の融資に当たっても、本件土地が担保としては不十分との認識から、別途確実な保証を得る必要があったことは否めないというべきである。そして、本件売買契約及び前保証に関与した大平及び野村は、いずれも、一貫して、被告馬場あるいは田村が本件土地の権利取得が確実であるかのような言辞を述べていたと供述している。そうであるとすれば、被告馬場及び田村としては、本件土地の転売の依頼を受け、その相手先と確実な保証先を探す必要に迫られ、しかも、右のとおり和解等による本件土地の権利取得は可能と考えていたのであるから、本件売買契約の締結、前融資及び前保証に先立ち、大平及び野村に対し、本件土地の権利取得の可能性につき、かなり踏み込んで楽観的な見通しを述べたであろうことは否定できないというべきである。

(3) ところで、大平あるいは野村は、本件売買契約、前融資及び前保証に当たって、被告馬場あるいは田村が、「被告中央信託銀行は、本件土地のことを熟知しており、本件差戻事件に勝訴する決定的な証拠を持っている。」「本件訴訟が和解で終わるか、和解ができなくとも本件差戻事件で勝訴することは間違いない。」「本件土地に関する紛争は被告中央信託銀行が責任をもって解決する。」等の断定的な発言をしたと述べている。しかし、被告馬場は、右のような断定的な内容の発言をしたことは否定しており、本件売買契約の契約書に記載された本件特約(前提事実2参照)や前保証の際に原告が被告中央信託銀行に差し入れた「証」と題する書面(前記一の6の(五)参照)の内容は、右のような断定的な発言内容とは明らかに矛盾するし、大平産業が本件売買契約の際に三建商事との間で本件土地の権利調整等を一〇億円で処理するとの業務協定を締結している(前記一の4の(二)参照)ことも、決定的証拠があり本件差戻事件の勝訴が確実であるとすれば、本来そのような配慮は不要であるはずで、大平の供述とは矛盾するものであり、この点に関する大平あるいは野村の供述は直ちに採用することはできないものである。

(4) なお、大平は、甲第二六号証の確約書は、被告馬場が約束した内容を書面化したもので、被告馬場はそこに記載されているような発言をしたと供述する。しかし、右確約書は、日付も記載されていない未完成の文書であるし、被告馬場自身は右確約書を見たこともないと述べているばかりか、野村の陳述書(甲六七)によれば被告馬場自身が「被告中央信託銀行は金融機関なので、このような文言の確約書を差し入れる訳にはいかない。」と言って、代わりに甲第二七号証の確約書を差し入れたというのであるから、右大平の供述も採用できない。

(5) また、野村は、「甲第三五号証は、大平が『被告中央信託銀行が原告から保証書だけでなく、この証という書面も差し入れてもらってほしいと言っているので、これにも原告の判を押してほしい。』と言って持参してきたものである。私は、このような書面を差し入れることはできないと言って断ったが、大平は『被告中央信託銀行から融資を受ける際に本店の審査を通すためにこのような証という書面を形式的に差し入れることが必要だと被告馬場から言われている。』と言った。私は、大平から『被告馬場は甲第二七号証の確約書を差し入れているので、証(甲三五)を差し入れても、被告馬場が責任をもって転売先をあっせんすると言っているので心配がないから原告も証を差し入れてほしい。』と頼まれた。そこで私は、被告馬場に電話したところ、被告馬場は『そのような書面がないと本店の審査が通らないので、ご迷惑をかけないから、是非差し入れていただきたい。』と言ったので、甲第三五号証を差し入れた。」と旨供述する(野村の陳述書(甲六七)一五ないし一八頁)。しかし、甲第二六号証と甲第二七号証とではその内容に大きな差異があり、甲第二七号証をもって被告馬場や田村が野村供述にあるような発言をしたことの証拠とすることは困難であり、同人の右供述は何ら裏付けがないものと言わざるを得ない。加えて、そもそも、甲第二七号証の内容からすると、これをもって野村が被告馬場や田村の右発言の証拠となると考えたということ自体が不自然であって、右供述は採用することはできない。

(6) 以上の次第で、本件売買契約、前融資及び前保証に当たり、被告馬場及び田村が、本件差戻事件の帰趨については楽観的な見通しを述べ(もっとも直接原告に対する発言としては、前記認定のとおり、昭和六二年二月二四日と同年五月一三日に被告馬場が原告のもとを訪れた際の二回だけである。)、その結果、大平や野村が本件土地の権利取得の可能性が高いとの期待を抱いたことは容易に推認できるというべきであるが、右の被告馬場あるいは田村の発言は、いわゆるセールストークというべきであって、被告馬場が書面として大平産業に差し入れたものが甲第二七号証の確約書に過ぎず、一方、本件特約や「証」と題する書面(甲三五)が存在することからしても、被告中央信託銀行として本件土地の権利取得につき法的にも責任を持つといった趣旨の断定的な内容の発言を被告馬場あるいは田村がしたとまで認定することはできないというべきである。

(二) 本件融資もしくは本件保証に関する田村の発言について

前提事実4ないし6と前記一の7で認定した事実によれば、被告中央信託銀行は、福田事件が公になり、マスコミからの非難を受けていたところに、神戸新聞の記事が報道され、その結果前融資の継続が困難となったため、被告中央信託銀行がキャピタルリースを紹介して本件融資が実現したこと、前融資と本件融資は融資額が同額でかつ弁済期も同じであること、本件融資の弁済期の変更についても被告中央信託銀行が関与していることが明らかであり、これらの事実に照らすと、本件融資は、大平産業に対する前融資の解消の必要に迫られた被告中央信託銀行が主導してなされたものと認めるべきである。そして、本件融資及び本件保証に関与した大平及び野村は、いずれも、一貫して、本件融資及び本件保証については被告中央信託銀行が最後まで責任を持ち、原告には迷惑をかけないとの趣旨の発言を田村がしたと述べているのである。そうであるとすれば、右のように前融資の解消の必要に迫られた田村において、本件融資及び本件保証の実現のために、被告中央信託銀行としては原告に損害を与えないことを強調したであろうことは否定できないし、大平及び野村の供述するとおり、原告に迷惑をかけないという趣旨の発言をしたと推認する余地はあるというべきである。しかし、右田村の発言についても、銀行の担当者としてそのような発言をする当否はともかくとして、いわばセールストークというべきものであって、なんら書面としては残されていないことも加味すると、被告中央信託銀行が法的に責任をもって処理するという趣旨の発言であるとまで認めることはできない。

3 原告及び大平産業が、被告馬場あるいは田村の説明を信じて本件売買契約を締結し、あるいは前融資を受けて前保証をし、さらには本件融資を受けて本件保証をするに至ったと言えるか。

(一) 前記認定のとおり、被告馬場及び田村の発言は、前融資と前保証あるいは本件融資と本件保証につき、直接被告中央信託銀行の法的責任を認めるような断定的なものであったとまでは認められないというべきであるが、一方で、被告馬場及び田村が、本件売買契約の締結あるいは前融資、前保証の際に、本件差戻事件の見通しにつきかなり楽観的な発言をし、あるいは本件融資の際に田村が被告中央信託銀行においても責任をもつという趣旨の発言をしたことは推認できるというべきである。そして、前記認定のとおり、本件売買契約は、事件ものの土地である本件土地の、俗にいう土地転がしともいうべき取引の一環であり、前融資と前保証及び本件融資と本件保証も右取引のためのものであることからすると、本来そのような取引に正規の金融機関である被告中央信託銀行が関与すること自体に問題があったというべきである(前記認定のとおり、本件売買契約については本件特約が付され、前保証に当たっては、原告から「証」と題する書面が差し入れられており、その内容からすると、一応被告中央信託銀行に対する責任追求はできないことになるが、あえてそのような特約ないしは書面を入れさせることが必要な取引を銀行が行ったこと自体に問題があったというべきである。)。そうであるとすれば、金融取引における一般企業の銀行に対する信頼を前提とする限り、被告馬場及び田村が事件ものの土地である本件土地の土地転がしともいうべき取引を仲介したうえで、本件差戻事件の訴訟の見通しにつき一定の方向をもった発言をすること自体が、いわゆるセールストークの域を超え、金融機関の担当者としての注意義務を逸脱する違法な行為と解する余地はあるというべきである(なお、結果的に、本件差戻事件は町会の勝訴に終わり、大平産業は本件土地の権利を取得できなかったことは事実であるが、被告馬場及び田村は、右のような発言をするに当たり、自ら訴訟の関係者から事情を聞き、訴訟が和解等により本件土地の権利取得を可能とする方向で解決すると考えていたのであるから、右発言をもって詐欺行為とまで認めることはできない。)。

(二) そこで以下、右被告馬場あるいは田村の発言と、原告及び大平産業が本件売買契約、前融資、前保証、本件融資及び本件保証をするに至ったことの因果関係について検討する。

前記一の4及び6で認定した事実によれば、大平産業は本件売買契約締結当時、既に東京でも相当数の不動産の買収を手掛けており、その中には、本件土地と同じような事件ものの物件もあったこと、本件売買契約締結以前から、大平産業と原告とは不動産取引を通じて密接な関係があり、原告は大平産業が不動産を取得する際にその資金につき再三にわたって保証し相当額の保証料を得ていたこと、本件売買契約締結に当たっては、大平産業としては、本件土地に関する訴訟の実情や本件土地の状況について十分な知識を有しており、本件土地が事件ものの土地であることを承知しており、そのうえで権利調整費の名目で三建商事に一〇億円の支出を予定し、さらには転売による一七億円以上の粗利益も見込んでいたこと、原告においても、前保証するに当たっては、あらかじめ大平産業から本件特約の記載された本件売買契約の契約書のほか本件土地の権利関係に関する書類や紛争の実情に関する書類の交付をうけていたばかりか、原告の担当者である野村が、あらかじめ本件土地を実際に見分して係争中という立て札を確認したうえ、本件土地に関する訴訟の判決書も閲覧するなど、本件土地が事件ものの土地であることを十分に承知していたこと、原告は前保証により三億円の保証料を得ることを見込んでいたこと、原告は前保証に当たり、被告中央信託銀行に対し、「証」と題する書面を差し入れているが、同書面によれば、大平産業が本件土地を最終的に転売できない場合でも原告は被告中央信託銀行の責任は問わないとの趣旨の記載がなされていることが、それぞれ認められる。

(三) 以上認定の事実によれば、原告及び大平産業は、豊富な不動産取引の経験を踏まえて、本件土地がいわゆる事件ものの土地であることを十分に承知のうえで、本件売買契約、前融資、前保証をするに至ったものであって、前記認定のとおり、本件土地の売買価額が当時の周辺土地の路線価と比べてみても格段に低額であったことからすると、ある程度のリスクは当然の前提として、利害損失を十分に検討のうえ、これらの取引に臨んだと認めるのが相当である(なお、前記「証」と題する書面を差し入れるに至った経緯に関する野村の弁解が採用できないことは前示のとおりであるが、仮にそのような弁解がありうるとしても、銀行との取引における書面の意義を野村は十分に理解していたはずであるから、あえてそのような書面を差し入れた以上は、そこまでの責任を負うとの認識が原告にはあったというべきである。)。

そして、本件土地につき本件差戻事件が係属中であったことは関係者の間では周知の事実であったところ、一般に裁判は、当事者が自らの責任で攻撃防御方法を提出し合い、これを受けて、裁判所が自由な心証によって、事実を認定し、法律判断を行うものであり、また、和解は、当事者の互譲によって合意に達しなければ成立しないものであり、訴訟の帰趨は、これらの当事者の訴訟活動いかん、裁判所の自由心証による事実認定及び法律判断いかんによるものであって、係属中の裁判の結果について一〇〇パーセント正しく予測することが不可能であることは公知の事実であるというべきである。そうであるとすれば、いかに訴訟の帰趨につき被告馬場及び田村が楽観的な見通しを述べたからといって、これによって右公知の事実が左右されないのは当然の理であり、原告において裁判の客観的な係属状況を認識して各取引に臨んだと認められる以上、被告馬場あるいは田村の発言と前保証を原告が行ったこととの間に法的因果関係を認めることはできないというべきである。

また、前記田村発言と本件融資及び本件保証との因果関係については、当時既に神戸新聞の記事上で町会側から本件差戻事件の和解による解決が困難であるとの意思が表明されていたとはいえ、訴訟自体は係属中でその結果は予断を許さない状況にあったといえるし、前記認定のとおり、既に大平産業及び原告は自らの判断で前融資を受け、前保証をしており、本件融資の融資条件は前融資とほぼ同一であったのであるから、前融資の延長上の措置として自らの判断で本件融資を受け、本件保証を行ったとみるのが相当であり(このことは、原告が本件保証に応じる際に、前記一の7の(五)で認定したとおり、大平産業から追加担保を徴求していることによっても裏付けられる。)、田村が大平産業及び原告には迷惑をかけないとの趣旨の発言をしたからといって、右発言と本件融資あるいは本件保証の間に法的因果関係を認めることはできない。

4 被告馬場及び田村に説明義務違反があったと言えるか。

次に、原告は、被告馬場及び田村が本件土地の権利取得に関する危険性を十分に説明しなかった点が不法行為にあたると主張するので、以下にこの点について検討する(なお、大平産業に対する不法行為責任の有無は本件訴訟の審理の対象ではないから、大平産業に対する説明義務があったか否かについては判断しない。)。

この点、被告馬場は、本件土地の訴訟について原告に説明した旨供述し、野村も「本件土地の係争の内容については大平や被告馬場から詳しく聞いた。」旨供述していることからすると、被告馬場は野村に対し本件土地の係争の内容を説明したものと認められる。したがって、被告馬場及び田村が説明義務に違反したというのであれば、単に本件土地の係争の内容を説明するのみならず、さらにこれを超えた説明が要求されているということになる。そこで、本件において被告馬場及び田村にそのような説明義務があったかをみると、本件土地がいわゆる事件ものの土地であり、本件土地をその所有名義人から購入しても、その所有権を失うおそれがあることは、その登記簿謄本を閲覧すれば容易に分かることであるし、現に野村は前保証に先立ち本件土地の登記簿を閲覧し、本件土地が係争地であることを認識しているのである。また、野村は、前保証に先立ち本件土地の現況確認に赴き、係争中であるという立て札が立っていることを確認しているし、大平産業から本件売買契約に関する書類を受領しているのであって、本件土地の危険性は十分に承知していたと認められる。加えて、原告は、前保証以前にも不動産取引等に多数関与してきた株式会社であるのだから、単に本件土地の紛争の内容について説明することを超えて、あえて更に詳細な説明を原告に対しすべき義務は被告馬場及び田村には認められない。

したがって、原告が被告馬場及び田村の説明義務違反をいう点も理由がない。

5 なお、原告は、「被告中央信託銀行は金融取引の相手方に対して、信義則上、情報提供義務、損害排除防止義務、信認義務を負っている。」「被告中央信託銀行は媒介者としての責任及び貸手としての責任を負うべきである。」と主張する。しかし、情報提供義務違反の点については、情報提供義務とは説明義務と同義であると解されるから、右に述べたように本件では被告馬場及び田村がかかる義務に違反したとは認められない。その余の点については、いずれも被告馬場及び田村が本件土地がいわゆる事件ものの土地であることを十分に説明せず、また、虚偽の説明をしたことが前提となっているところ、被告馬場及び田村が説明義務に違反したとは認められないし、また虚偽の説明をしたと認めるに足りる証拠もない。したがって、原告の右主張は理由がない。

第四  結論

以上の認定説示から明らかなように、本件訴訟は、土地の価額が異常に高騰したバブル経済の時期に、いわゆる事件ものの土地である本件土地に関し、登記簿上の所有名義人の間で俗にいう土地転がしともいうべき売買取引が行われた後、裁判により登記簿上の名義人が権利を失った結果、売買代金の回収ができなくなったことにより被った損害を誰が負担するべきかが争われた事案である。

そして、事件ものの土地の土地転がしともいうべき取引を仲介し、これに密接に関与したのが被告中央信託銀行であり、取引社会における銀行に対する信頼を前提とする限りは、その道義的社会的責任を問う余地は十分に存するというべきである。また、被告馬場及び田村が本件土地の取引を仲介するに当たって、原告及び大平産業に対し事件ものの土地を仲介したうえ訴訟の推移につき楽観的な見通しを述べるなど、本件各取引の実現に向けての働きかけを行ったことは事実であり、それ自体を銀行の担当者としての注意義務を逸脱する違法な行為と評価する余地もあるというべきである。

しかし、被告中央信託銀行及び被告馬場が本件損害賠償責任を負担すべきかという観点でみると、原告及び大平産業は、いずれも不動産取引の経験の豊かな会社であり、バブル経済のもとでの異常な地価高騰に乗じ、本件土地がいわゆる事件ものの土地で、訴訟の結果によっては権利を失いかねないという危険を十分に承知のうえで、最終的には自らの判断で、あえて多大な利益の追求のために本件各取引を行ったことを認めざるを得ないのである。

そうであるとすれば、そのような取引の過程で生じた損害については、自己責任の原則に立ち返って、最終的には自らの判断で本件各取引に関与した原告及び大平産業において負担するのが相当というべきである。

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡清一郎 裁判官 見米 正 裁判官 武藤貴明)

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